長男、次男の時の学資保険への加入

我が家では、長男が1歳の頃に学資保険を検討しました。
本当はもっと早く、産まれてすぐに加入したかったのですが、産後はあれこれ大変で保険の加入まで手が回らなかったのです。
でも、一歳になった頃にようやく余裕が出来てきて、児童手当などをもらえるのだからそれを学資保険に充てて貯金していこうと夫に話しました。
夫も、子供は大学までは出してあげたいと考えている人です。
学資保険なら貯金代わりにもなり、支払いしている夫にもしもの事があったらその後の保険料支払いはなく保険の契約が継続するというのに魅力を感じ、加入を決めました。
加入する学資保険は返戻率と保険会社の知名度でアフラックに決めました。
アフラックの夢見るこどもの学資保険です。
資料を取り寄せて、その後に必要事項を記入して送ってそのまま加入する事が出来ました。
そして、その後になって次男が生まれると、今度はすぐに学資保険に加入しようと思いました。
早くから加入した方がお得だし、二人目で気持ちにも余裕がありました。
その為にまた資料を取り寄せて問い合わせたところ、担当者と面談してからの加入をして下さいと言われました。
実は、夫の休みにわざわざ保険会社の担当の方と話すのは面倒なので嫌だったのですが、会社の方針が変わったのか、その面談をしないと手続きを進められないと言われました。
仕方なく、休みの日に家に来てもらって話を進めました。
その面談で、17歳で満期の学資保険に次男も加入する事が出来ました。
そこで一つだけ変えたのは、長男の加入当時からその頃までの保険料支払いは月々だったのですが、年払いでまとめて支払いをする方が多少ですがお得になるからと言われ、年払いに変えました。
それからは毎年、二月頃に二人分まとめて一気に学資保険の保険料を夫の銀行口座から引き落としされることになりました。
その引き落とし額は、二人とも受け取り総額300万円コースなので、なかなかのダメージのようで毎年その時期が来ると夫は分かっていても一気に引き落とされて残高が減るのはきついね、と言っています。
毎月払うよりは安いと言っても気持ち的に大きい額の引き落としは痛いのだと思います。
でも、その学資保険に加入しているおかげで、私は夫のもしもの時にも子供たちを大学まで行かせる事を諦めないで済むという安心感があり助かっています。
友人には、赤ちゃんの妊娠中からでも学資保険に加入している人もいます。
学資保険は子供のいる家庭には当たり前となっているのかもしれませんね。

入院した話

わたしは、10代のころからひどい生理痛に悩んでいました。
高校の時は、電車に乗って次の駅に降りるほど吐き気やお腹の痛み、出血の量が多かったのです。
そして、病院にいったら子宮内膜症と診断されました。
それから、生理痛を抑えるためにボルタレンの痛みどめを、生理痛が来るたびに飲んでました。
その後、外資系のホテルに就職しました。外資系のホテルなので、女性と男性の扱いは同等です。
シフトで丸一か月間、夜勤が続きました。その後も続きます。
そのときは、病院で保険のきかない注射、2万円もするものを腕にうっていました。
体を壊したので退職し、子宮内膜症を軽くするためには結婚して、妊娠するのが一番よいと言われました。
そして、数年後わたしは結婚をしました。妊娠もしました。産院に行ってみると、妊娠をしてはいるのですが、赤ちゃんの姿が見つからない、心音が聞こえないと言われました。わたしは、信じられませんでした。
妊娠したのに赤ちゃんが成長していないということが理解できなかったです。
そして、諦めれず違う病院へ行きました。すると、やはり流産しないといけないと言われました。
流産の他に絨毛癌の恐れがる胞状奇体になっていると言われ、すぐに入院することになったのです。
胞状奇体とは、ブドウっ子と言われています。妊娠したままほっておくと、絨毛が異常に繁殖して癌になると可能性が高いと言われたのです。
おそらく、わたしの赤ちゃんはこの世に生まれてくることはできないけど、お母さんである私に癌の可能性があることを教えてくれて助けてくれたんだと思いました。手術中は、麻酔をかけられました。
しかし、麻酔が完全きかなくて、手術中のことを覚えています。
手術中は、音楽が流れていました。そして、幻想を見ました。しかし、子宮の痛みも感じました。麻酔が中途半端にきいていたせいでしょう。
せっかくできた小さな命は、2カ月という短い期間ではありましたがわたしのお腹の中にいたのです。これから、この子の分まで自分の命を大切にしようと思いました。
手術後、最低2年くらいは子供を作ってはいけないと医師から告げれました。また、絨毛癌なのか正常妊娠したかどうかわからないからです。
わたしは、1カ月に一回定期的に通院して状態を診てもらいました。
街を歩いてると、若い夫婦がかわいい赤ちゃんを連れて、うれしそうに幸せそうにしている姿がうらやましかったです
。わたしは、そのときもし自分の赤ちゃんが生まれていたら、何カ月だろう、何歳かなとか想像してしまいました。
それから、2年後私は元気な男の子を授かりました。

若い時からの保険は、本当に必要なのかを考える

母子家庭となった時に、姉が生命保険で務めていたこともあり、初めて保険に入りました。
未だに良くわからない保険制度、姉の言うがままに入ったのが保険の始まりです。
子供が小さかったので、親が病気になると、子供が困るから、入っておこうとの勧めでした。
いいのか悪いのかよく解らずに、毎月17000円程支払いをしていました。
姉が生命保険をやめて、担当が変わった頃、別の保険会社を母に紹介され、言われるがままに、変更しました。
その時の保険料も、毎月17000円程度は支払っていました。
母の知り合いが保険会社を辞めたので、担当が変わり、同じ町に住む人が担当になりました。
母も良く知る人で、またセールス上手ときました。いつの間にか保険料は少し値上がりしていました。
更年期になり、リスクも高まるからと勧められました。結構いい保険に入っているようです。
その後も担当の保険屋さんは、ちょくちょく連絡してくるようになりました。
貯蓄型の保険で、何年か預けると利子が増えます。保険も使えます。ということで、100蔓延預けました。
年金型の保険もかけときましょうと、老後に困らないように半年に一度銀行から引かれています。
介護型の保険に切り替えましょう、終身も大丈夫ですということで、これもまた半年に一度保険料をもっていかれます。
気が付いたら、100蔓延除いたとしても、月平均6蔓延保険料を持っていかれています。
しかも入院するような病気はなく、保険の下りるような病気は何一つしていません。
更年期障害悪化で仕事が出来なくなりましたが、入院していないからと、保険が下りないのです。
何のための保険でしょうか。
しかし、生活習慣病や、癌になって入院した時は助かります。65歳過ぎて国の年金生活だけでも不安です。
先日姉が、保険の窓口で保険内容を見てもらったと聞きました。私も勧められました。
仕事もしていない今、毎月6蔓延の出費は正直痛いです。
しかし、やめてしまうのも不安です。支払えるうちは支払おうか検討中です。
子供にだけは、経済的に迷惑をかけたくありません。母親ですから。
お金は手元にあると使ってしまうかもしれません。年金型と終身型と100蔓延は返ってくるお金ですので、様子の見どころだと思っています。
更年期を迎え、高脂血症や悪玉コレステロールも増えてきました。
保険は使わないで生きられる人生に越したことはありません。
健康を保険で買ったと思えば安いものかもしれません。返ってきたお金は子供にも残せます。
頑張って今まで支払ってきたのだから、60歳まであと7年をめどに、支払っていこうと思っています。

父親の保険を見直して安心しました

“私は保険について、何時も関心を持つことが大切と思っています。
それは、自分が加入している保険についてそんなに知識がないからです。
じっくりと保険内容を見たこともなかったので、そのことについてとても反省をしています。
それは、父親が入院をすることになった時に特に思うこととなりました。

父親は、とても元気でした。
ところが、50歳を過ぎた頃から時々胸の痛みを訴えるようになったのです。
その時、どこが痛いのかよくわからないという事でした。
胃潰瘍もあったので、その胃潰瘍の痛みかもしれないと軽い気持ちでいたのです。

ところが、ある時胸の痛みが強くなることがありました。
それは、夜寝ている時に起きたのです。
起き上がろうと思った時に、起き上がることができないくらい胸の痛みがあったのです。
その時は、異常な痛みであるということで救急車で搬送されることになりました。

病院に到着すると、検査をした結果で狭心症の疑いがあるということが分かりました。
胸の痛みは、やっぱり心配していた通り怖い病気だったのです。
そして自宅に帰ることは危ないということで入院をして様子を見ることになりました。

その翌日に検査をして、狭心症だろうということが決まりました。
その検査をした時は、直ぐに帰宅出来るかなと思ったのです。
しかし結局のところ、5日間の入院となったのでした。
それで治ってよかったと思っています。

ところが、夜間に救急で搬送されたことやその他の検査などで入院費が高額でした。
しかし医療保険に加入しているので、そこから出せばいいと思っていたのです。
そして、医療保険をその時に久しぶりに見ることになったのです。
しかもどこに置いてあるのかわからないことも、とても反省すべき点と感じます。
やっと見つけて見たところ、なんと医療保険の対象は入院して5日目からだったのです。
そのため父親の入院費として、医療保険の保険代は出なかったのです。

それはとてもショックでした。
その後は、自分の医療保険や母親のもの、主人のものなどよく見ることにしています。
そして直ぐに確認出来るところにおくことにしました。
医療保険をみて初めて知るのはおかしい話ですね。

説明は受けていたものの、軽く聞いていたのです。
そしていざ、使う事ができないと知りとても残念な気持ちになりました。
その後は、早速入院当日から使えるものに変更した事でした。
医療保険は、やはりしっかりと中身を確認することが大切ですね。

学資保険と生命保険

わたしは、40代の主婦です。

当時、30代の時のお話です。わたしより、3歳年下の夫は仕事で忙しく、毎日疲れて夜遅くに帰ってきました。夫の携帯がなりました。どうしたの?と聞くと、いま母から連絡があって、ちょっと実家に行ってくると一言いって、夫は車で十分くらい離れた場所に住む実家に行きました。
そして、私がどうしたの?と聞くと義理の母の知り合いが保険業をやっていて、孫の学資保険プラス生命保険の書類にサインがほしいと言われたらしいのです。毎日毎日遅くまで仕事をして帰ってくる息子を急に呼び出して、迷惑な義理の母だとわたしは思いました。

でも、まぁかわいい孫のために学資保険に加入してくれたし、そのお祝いのときにはくれるだろうと期待していたので仕方がないかなと思いました。その後、子どもは2歳になりました。そして、熱性けいれんをして1週間入院することになりました。そのとき、義理の母が夫を急に呼び出した保険が役に立つことになりました。でも、まあ2歳だったので、マルふくの保険証も使ったので入院費もそれほどかかりませんでしたが。加入していた保険屋から書類と送ってもらって、1週間ぐらいで5000円入金がありました。

義理の母は、実家に遊びにいったとき生命保険付きの学資保険はいってて、よかったわねと喜んでいました。わたしは、確かに5000円入ったことはよかったけど、あんな疲れてる息子を呼び出してまでして保険にはいる必要があったのかと疑問がありました。保険の加入の手続きは、夫が休みの日でもよかったのではと疑問もありました。その後3年の月日が経ちました。義理の父が会社を辞めたし、お金がもったいないから孫の生命保険付きの学資保険が払えないと解約したいと言ってきたのです。ええっ、とびっくりしました。孫のことを思って学資保険に入ったんじゃないの?

自分たちの都合で、孫の学資保険を解約するなんてずいぶん身勝手という思い、そしてただの義理の母の知り合いの保険屋の付き合いで、忙しい息子である夫をふるまわしてまで入った学資保険なのにそんなあっさりと辞める義理の母にあきれてしまいました。

夫から、義理の母は飽きっぽいと聞いていましたが、なんかがっかりです。

孫のことを大切に思っているのだとありがたくおもっていましたが、中途半端にやめるのなら最初から生命保険付きの学資保険なんかにはいらなきゃいいじゃないかと怒りがこみあげてきました。途中で辞めるなら、学資保険を契約するときも解約するときの手続きも無駄な時間でしたね。このことを学んで、親を当てにせず、自分たちで自分たちの子どもの学資保険に新たに加入しました。未だに解約はしていません。

医療保険に加入しておくべきだった思い出

“医療保険というのは、もしも時にとても助かりますね。
そのため、必ず加入する方が安心です。
とことがそのように思っていても、仕事が忙しいことを理由に加入していませんでした。
それは、とても恐ろしいことであると後から本当に感じました。

家族も私が医療保険に加入していないのは、本当に困ると話していたのです。
それはもしも時に頼りになるのか家族となるからです。
手術をするときなど、とりあえずお金が必要となりますね。
しかしお金がないときには、たちまち家族に迷惑をかけることになります。
そしてもしも、その治療が長引いたときには本当に辛いです。
その時に、医療保険に加入しておけばよかったと思っても、その時は遅いのです。

しかしそのようなことがわかっていたものの、若い時には保険に加入する必要はないと思っていたのです。
そんな考えでいたことが、とても恥ずかしいです。
そしてその心配していたことが、ついに起きました。

それは、腰痛がおさまらなくなった時です。
仕事をしている時に、グキッと言う音とともに歩くことができなくなりました。
その時は、いつものぎっくり腰と思っていたのです。
そのため、安静にしていれば治ると感じていました。
ところが翌日は、起き上がることができなくなったのです。
その時は、情けない気持ちでいっぱいになりました。
そして這うようにして病院を受診したのです。

その結果はなんと、椎間板ヘルニアでした。
しかも相当悪くなっているということで、手術が必要となったのです。
その時、まず最初に思ったことはお金のことです。
若かったので、貯金がありませんでした。
そのため、やっぱり迷惑をかけてしまうのは家族となったのです。
そして家族に入院費を出してもらって、手術をすることにしました。

その時に思ったことは、もしも家族がいなかったらどうしたらいいかということです。
お金を急遽かることが必要となります。
しかも、そのお金を返済する自信がないと思ったのです。
そして医療保険について、加入していなかったことを失敗したと思った事でした。

人は生きている時に、健康に自信があると思ってもいつ何があるのかわかりません。
この私も、健康には自信があったのです。
そのため、絶対病気をしないと思ったので保険に加入していないところがありました。
それはとても浅はかな考えであると思っています。

その後は、直ぐに保険に加入しました。
すると、安心ですね。
心穏やかに暮らすことができています。

自動車保険

わたしは、昨年の5月に交通事故にあいました。
その2か月前に、自分の加入している自動車保険の更新の月だったので、軽自動車に乗っているわたしは見直しをしました。
今までに通院5日以上、入院するとお見舞金がつくオプションをつけていなかったんですが、子供たちも軽自動車のも乗せて運転することが多くなったので、何かあったときのためにオプションをプラスしました。
交通事故は、車と車との接触事故です。
わたしが、直進で運転していたら、いきなり左の細い一時停止のある道から、車が突っ込んできました。
相手の車の方は、急いでいたらしく一時停止を無視して、止まらずに走っていたのです。
わたしは、10対0だと思っていたのに、どちらも車が動いていたこと、見通しの悪い交差点ということで、8対0の責任割合になりました。
私は、事故当日の夕方ごろから、頭から首にかけてものすごい痛みを感じて、病院へいきました。
そして、むち打ちと診断されました。
それから、3か月たったころから相手の保険会社から、通院の打ち切りの話で頻繁に携帯電話に連絡があるようになりました。
しかし、わたしの症状は改善されず、医師からもまだ症状固定ではないといわれたので、首の痛みと相手の自動車保険会社の圧力の精神状態もきつかったです。
そして、とうとう症状固定もしていない5か月で相手の自動車保険会社から打ち切りとなったのです。
その後、わたしは、自分の健康保健証を使い自腹で、症状固定になる6か月までは通いました。
しかし、医師からは首だけのむち打ちでは、障がい者認定は難しいといわれました。
そして、今でも寒くなると、首に痛みがあり飲み薬を飲んでいます。
納得いかない状態ですが、この件を長引かせるのは疲れたので示談をすることにしました。
相手の自動車保険会社から慰謝料と通院代は払ってもらいました。すでに、自賠責保険の限度額は超えていました。
相手の自動車保険会社の支払いに差額分を、自分の加入している自動車保険会社から支払いがありました。
そして、今年からつけた自動車保険のオプションの部分のお見舞金も自分の加入している自動車保険会社からもらえることになりました。
交通事故で完全に私の首は治ったわけではありませんが、通院した時間と通院費用、精神的なものの代償をお金という形で終わりました。
交通事故は、いつどこで遭うかわかりません。お金を支払うことで、保険という安心を得ることがいいので加入することをお勧めします。

子宮内膜ポリープで初入院

生命保険には結婚した後に加入しました。
当時はまだ23歳で若く、病気もしておらず子供もすぐに産むつもりもなかったので郵便局の養老保険に医療保険をつけたものに加入しました。
今から考えると毎月2万円の保険料も高かったですが、そんなものかと思っていたのと知人の紹介だったのでまあいいやという感じです。
解約するときには結構なまとまったお金となって戻ってきたので、良かったと思うことにしています。
その後家を買ってからは家計の引き締めに最初の保険の見直しをし、外資系の安い終身の医療保険に加入、2回の出産では勿論入院しましたが、まだ病気で入院することになるとは思ってませんでした。
30歳の時、過労で倒れ、自律神経失調を患ってしまい、そのままうつ病へ。
それで心療内科に通って治療になったので、新しい生命保険には加入出来なくなりましたし、見直しも厳しい状態になってしまったのです。
しかし仕事の絡みがあって保険やファイナンシャルプランナーの勉強をしていたので、定期保険、終身の医療保険、ガン保険などにそれぞれ入っていて良かったと胸を撫で下ろしました。
定期保険以外では基本的には見直す必要のない物ばかりで、若い時に入っていたので保険料も安かったのです。
34歳で毎月の月経が多量になって貧血症状に悩まされるようになったので、婦人科を受診、子宮内膜にポリープが発見されました。
これからは妊娠する予定はないし、血量が多いことで全身にも影響があるから手術をすすめます、と医者に言われてしばらく悩みましたが決意。
私が住む町の市民病院ではポリープ切除の手術は日帰りではなく一泊の入院で経過観察をするとのことだったので、人生で初めて病気で入院することになったのです。
この時にはうつ病は治っていましたが、パニック障害を併発していたために人の多い場所や閉鎖的な場所には恐怖を覚えるため、入院すると決まった時点で発作が起こりかけました。
医者には早めに麻酔をかけて眠らせてもらうことをお願いして何とか安定剤を飲んで手続きをし、手術を受け、経過はよくて無事に成功、心配した大部屋での発作もなく退院することが出来ました。
支払ったお金は健康保険を使って3万円とちょっとです。
家に戻ってから外資系保険会社でかけていた医療保険が対象のはずだと担当者にメールをし、書類を送って貰って手続き、女性特有の病気・手術だったことから加算され、手術給付金、入院給付金を合わせて11万円がすぐに振り込まれたので助かりました。
終身の医療保険には年間で保険料を26000円しか払っていませんので、本当に加入していて良かったなあと思いました。

保険に入ろうと思ったきっかけは身近な人でした

保険にはずっと入らないでいました。
必要なのかどうかわからない!ということが一番大きかったと思います。
自分が病気になる、事故に遭うなどそういった危機に面するということが、想像できないのは今も変わりありません。
では、なぜ私が保険に入ったのか。
それは身近な人が脳梗塞で倒れたことがきっかけでした。
その方は小さい頃から知っている人だったのですが、とてもクールでカッコいいお姉さんという印象でした。
憧れのお姉さんと思っていました。
大人になり、そのお姉さんは実家から離れた場所で就職され、一人暮らしをしていたそうです。
結婚を考える相手もおり、その方と一緒に事業をしようと思っていたようです。
そのために、一緒に生活をするようになっていたみたいです。
しかし、ある日、婚約者の方が仕事で遅くに帰ってきた時に、お姉さんが倒れていたとのこと。
その時にはすでに息もなかったようです。
原因は最初に書きましたが、脳梗塞だったそうです。
お姉さんの家系は脳梗塞や心臓病などで亡くなる方が多くいたそうです
遺伝なのかもしれませんが、あまりにも突然亡くなられてしまい、家族の方も心の整理がずっとついていないようでした。
私もとてもショックでしたし、今も現実味がありません。
このことがきっかけで、自分も病に倒れることがあるのだと少し想像するようになりました。
自分の家系も心臓病や脳の病気で亡くなる方が多くいます。
遺伝で病気になるということも大いにあるので、一度真剣に考えようと思い立ちました。
それまで保険というものを考えていなかったので、何を選んでいいのかわかりませんでした。
ただ、保障してほしい病気が決まっていたようなものなので、7大疾病に罹った際に保障してくれるものを中心に探しました。
女性だと、やはり気になるのは女性ならではの病気。
妊娠、出産は普通の保険では保障してくれないということを知ったのもこの時でした。
婦人病に関しては保障のあるタイプもありましたが、大抵の保険はあまり保証してくれないのですね。
全く知らない自分の無知さも知りました。
ただ、妊娠が分かってから入れるものもあったので、あまりこの点にこだわらずにいようと思いました。
考え始めた時期はまだ独身で、30歳にもなっていなかったので、比較的料金も安いものがいくつか見つかりました。
条件であった7大疾病の保証で、金額が3000円程度となるとなかなか難しかったのですが、それでも良い保険と巡り合えました。
いつか病気になるかもしれない。
若いから大丈夫だという自信。
そういった気持ちから考えていませんでしたが、身近な人がいなくなって初めて考えることとなりました。
健康でいるということも大切ですが、うまく病気と関わっていくために何をするのかということも考えさせられました。
その時がいつ来てもいいように準備するのも大切なことだと思います。